基本的生活習慣の捉え方と体力・運動能力との関係①
2024.03.11
目次
子どもが「栄養・運動・休養」以外に確立すべき生活習慣
前回の連載の最後で、「基本的生活習慣と体力・運動能力には関係がある」ことを少しだけ紹介しました。今回は、基本的生活習慣について解説をしながら、体力・運動能力との関係についても少しずつ触れていきます。
一般的に基本的生活習慣というと「栄養・運動・休養」の3つの要素を指すことが多いと思います。読者の皆様もこれらをイメージされる方が多いのではないでしょうか。確かに大人の世界では、これで良いのかもしれません。なぜなら、大人が生活習慣を考えるときは、生活習慣病を中心とした健康問題と関連づけられることが多いからです。
しかし、子どものことを考えると、これだけでは少し不十分です。もちろん、この3つが大切であることは間違いありませんが、それ以外にも「衛生習慣」や「排泄」、「生活リズム」、「学習」、「運動習慣」など、大人以上にしっかりと確立しなければならない習慣は多いです。
また、前述の3つの要素においても、大人は栄養や運動に焦点が当てられがちですが、子どもでは休養習慣も極めて大切になります。
今回の主題である運動や体力・運動能力に関しても、「単に運動をすれば良い」とか、「トレーニングをすれば良い」というものではなく、日々の生活習慣の中に運動をいかに位置づけるかが非常に大切になります。
失われにくい機能と能力、失われやすい生活習慣
子どもの基本的生活習慣についてもう少し解説を加えます。前述の衛生習慣や排泄、学習、さらには、「身の回りの整理整頓」、「言葉遣い」なども基本的生活習慣とする考え方もあります。いずれにしても、これらの習慣獲得を考える上で大切な考え方に「可逆性」があります。
人の能力や機能の多くは、一度獲得したら老化などの影響によって多少の退化はしても、基本的には失われないものが多いです。例えば、歩く動作や話す動作を忘れてしまうということは、ほぼないといえます。つまり、「非可逆的」な能力獲得です。
しかし、生活習慣は違います。一度獲得した良い習慣も驚くほど簡単に人は失ってしまうことがあります。さまざまな誘惑や多忙な生活、ちょっとした体調不良などをきっかけに可逆的に習慣が変化するというのが大きな特徴です。運動習慣なども最たる例です。
ですから、定期的な生活習慣チェックなどを通して、常に良好な生活習慣を維持する努力が必要になります。
生活リズムを作る「風車理論」を意識してほしい
子どもの生活習慣を考える際に一番大切にして欲しいものとして生活リズムを挙げたいと思います。図1は「生活習慣の風車理論」と呼ばれるもので、生活リズムの重要性を非常に端的に表していると思います。
ご存知の通り、風車はすべての羽にしっかりと風が当たることでリズム良い回転をします。この理論では、個々の生活習慣を風車の羽に見立てて、すべてが良好になされることで上手に回転することを示しています。
つまり、毎日の生活においても一つの生活習慣が乱れると、次の生活習慣の羽の回りが悪くなってしまうことを意味します。これを日々繰り返すことで、人の生活や健康は維持されていると考えることができます。
朝食を一日のスタートとして捉えた場合、3つ目に「運動・あそび・学び」というのがありますが、運動習慣一つとっても、いきなり運動習慣だけが良くなるわけではありません。良好な朝食摂取、起床の仕方、もっと遡れば、良好な睡眠も確保されることで初めて、良い運動習慣や学習、遊びなどが成立すると考えることができます。
言い換えると、「体力・運動能力を高めるためにただ運動をしよう!」というだけでは不十分だし、子どもの生活全体を見渡した指導とはとてもいえないということになります。学びや遊び、その他の生活や食事などを総合的に捉える中で、「しっかりと運動時間を確保できるような生活にしていく」といった、より大きな視点での取り組みが重要です。
運動不足の時に、単に運動時間のことだけを考えるのではなく、周辺の生活を正すことで運動をする時間が確保されたり、運動をしようという気持ちになったりすることにつながっていると理解してほしいと思います。
子どもの睡眠時間短縮、夜型生活は生理現象にも影響
今の子どもの生活習慣で大切にしたいのは睡眠だと思っています。冒頭に「子どもは休養習慣もとても大切」と書きましたが、子どもの就寝時刻は、昭和から平成、令和と時代が進むごとに遅くなってきています。
一方で、起床時刻は、就寝時刻ほどは変化していません。10~20分程度遅くなっているというデータもありますが、学校や園の始まる時間は今も昔も変わっていないので、そんなに大きくは変わりようがないのです。
しかし、就寝時刻は、子どもの体力・運動能力がピークだった1985年前後と比較して、少なくとも30分、世代によっては1時間以上遅くなっています。結果的に睡眠時間も短くなり、いわゆる「夜型生活」になっています。
そして、夜型生活の影響はさまざまな所に表れています。例えば、午前中の体調不良や排便状況、運動時間、そして、体力・運動能力との関連も示されています。より専門的には、慢性的な時差ぼけ状態(内的脱同調)の発生も指摘されています。
図2は、筆者が以前、300名以上の幼児を対象に調査をおこなった際の頭痛、腹痛の発現と就寝時刻の関係を示したものです。就寝時刻が遅くなるほど、いずれの発現率も高くなっていることが確認されます。幼児であれば、午後9時ぐらいが目安になることもわかります。
ちなみに、このデータの中で、夜9時までに就寝し、朝7時までに起きて、かつ10時間以上の睡眠が確保できていた幼児の割合は半分以下でした。さまざまなデータや経験則からも、ここで示した程度の時間での睡眠が確保できると良いと思います。
体力や運動能力に直結する「十分な睡眠時間」
図3は、令和5年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査(スポーツ庁)において示された、小学校5年生における睡眠時間と体力得点の関係です。男子、女子ともに8時間から9時間程度の睡眠時間を確保できている児童が最も体力・運動能力が高いことが確認されています。
このような傾向は、同調査がおこなわれるようになった平成20年度から一貫しています。このことからも、体力・運動能力向上のためには、単に運動をするということのみに焦点化するのではなく、睡眠をはじめとするさまざまな生活習慣を一緒に見直していくことが重要であると考えられます。
今回は、基本的生活習慣の初回として、基本的な考え方と生活リズム、睡眠、休養について示しました。しかし、今の子どもにおいては、これら以外にもゲームやテレビといったスクリーンタイムの問題や朝食欠食の問題など、まだまだ改善しなければいけない点があります。
これらに関しても、筆者はこれまでに体力・運動能力や運動時間と関連づけて多くの調査研究を行ってきました。今回は残念ながらスペースがもうなくなってしまったので、これらの関係については、次回、しっかりとデータを示しながら紹介していきたいと思います。(中野貴博)
【参考文献】
1) 小澤治夫 : 連載 身体と心の健康24 最近の子どもの生活と健康・体力における問題, 教職研修, 80-83 (2003)
2) 令和5年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査 報告書, スポーツ庁, p40 (2023)
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